結論、「人生、なんとかなる」

どこかの国の平均寿命の半分ほど生きてきて現時点で得た結論は、「人生、なとかなる」です。以前にも書いたように思いますが、その先には、「なんとかならなかったら死ねばいい」という思いがあります。ぼくは自殺願望者でも自殺未遂経験者でもありませんが、本気でそう思っています(現在はそう思うようになっています)。

そう思って生きると、悩みなど何もなくなります。よく使われる表現「命まで取られるわけじゃなし」、あれホントだなあと思っております。

そういえば、今現在は将来の不安もありません。不安にならないほど貯金があるわけでもないし、これまでしっかり働いて企業年金を納めてきたわけでもないし、親の遺産があるわけでもありません。

つまりはそれって=不安がないっていうのは、「不安に思っても仕方ないじゃん」という思いが物凄く強くあるだけなのかもしれません。

不安に思って「老後はどうしようどうしよう」と思いながら生きるのも、「どうにかなるって」と思って生きるのも、物理的には同じ時間が流れているので、だったら不安に思うだけムダだと思うんです(思うようになっちゃいました)。

ただ目の前の出来ることをやるだけ。ただ目の前の出来ることをやって生きていくだけ、なんじゃないかなあ人生って、と思うわけです。ぼくには「必死さ」が足りないのかもしれません。

突如こんなことを書きたくなったのは、久々にミニマリスト以外のジャンルのブログをちらっと覗いたことがきっかけでした。そのジャンルは「セミリタイア」。そのジャンルのブログだけを見たから当たり前なんですが、セミリタイアしたい人ってたくさんいるんだなあと新鮮に感じたのと、そういえばぼくも以前はとにかく働きたくなかったからヒモだったんだわ~と自分の過去を思い出したり、自分の過去を忘れていたことにびっくりしたり、「あ、ぼく、将来のこと何にも考えてないわ!」とこれまた新鮮な発見をしました。

と同時に、ぼくアタマおかしいのかも、とも思いました。将来のこと何も考えてないんですもの。なんとかなる、としか考えてないんですもん。「世間一般の基準からしたらおかしいのかも」と思い、でもまたそう思った瞬間に「世間一般がどうだろうとぼくには関係ないし」とも思います。

世間からどう思われようと、人からどう思われようと、ぼくそのものぼくの本質は何も変わらないので、どう思われるかはどうでもいいんです。

実際のところ、これも以前書いたことがあるように、ぼくはこれまでの人生の大半を働かずに暮らしてきて、成人して以降毎日が夏休みだったので、「働かない」ことは経験済みだから、とりあえず「働かない」のはしばらくいいかなと思っている面もあるのかもですね。

自分の思いを整理するために今書いているので着地点がどんどん変わっていってナンですが、「働かない」のも「働く」のも同じかも、などとも思います。文章としておかしい感じですし、これも以前書いた気がしますが、結局のところ「死ぬまで生きるだけ」というのが全部ひっくるめての結論、と思っているからかもしれません。

そういったなんやかんやの思いと、実際問題今までなんとかなってきた、という事実が相まって、「人生、なんとかなる」という、あんぽんたんな結論に至ってるのかな?どうなのかな?あんぽんたんだから分からないのかな?

ぼくの人生の最終的な目標は「あらゆる執着心を捨てること」ではありますが、もしかしたら「執着心」をはき違えてるのかもですね。でもそれもまたどうでもいいですね。というお話でした?(結局何の話かもよく分からないけれど、それもまたどうでもいい・・というループ)夜中に書くラブレターは始末に負えないの図式。午前3時のオプ。っていう曲ありましたね。


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