やっぱり「人生はなんとかなる」!気づけば収入が2倍になっていた。家賃は2分の1に。

ふと気づいたことは、2年前と比べて、収入が2倍になっていたということ。
ちなみに家賃は2分の1に。

以下グダグダ書くけれど、とりあえずの極個人的な結論を言うと、

「なんとかなる!と思ったらなんとかなった。どうにもならないと思っていた頃は本当にどうにもならなかった。」

ということ。振り返ってみれば、それだけのことだったと思う。

なんとかなる!と思うということはなんとかする気があるわけで、なんとかしようと動くことになる。

動かなければ何も変わらない、これだけは確実。運も不運も動かなければ発生しない。

世界共通?の小話?がある。

人生の不運を嘆き、神に宝くじが当たるように懇願する男に向かって神が言う
「分かった。だから、頼むから宝くじを買ってくれ。」

そういうことだ(どういうことだ?w)。

2年前の収入が低過ぎたというのがあるが、その時はその収入がぼくの精一杯だった。どうやったらそれ以上の収入を得られるのかも分からなかった。

ヒモから無職になって、どんな仕事をすればいいのかも分からなかったし、起業するとか一発当てるとかそんな才能もなかった。

大学卒業後に世間一般の就職レールに乗らなかったことで、その後どうすれば一般的なそれに戻れるのかも分からなかったし、戻らなければというプレッシャーを勝手に感じてそれがまた辛かった。

ただ、とりあえず就いたアルバイトを続けていた。

どうにもならないと思い続けて思い続けて一周して、ふと、どうにもならないと思っていたけれど、まだ生きてるし生活出来てるし、お金が無いだけの話じゃーん、なんとかなってるじゃーんと思うようになった。うだうだ思っても思わなくても死ぬまで生きるしかない、だったらうだうだ思うだけ徒労じゃーんと思うようになった。現になんとかなってる!絶対なんとかなる!と能天気になった。

何が起きたって命まで取られるわけじゃないし、仮に命まで取られたらこのツライ人生を終えることができてそれもまたラッキーじゃん!、とすら思うようになった。

そしたら、人生が動き出した。

今のリーマン生活も今は楽しんでいるけれど、もし本当にいやになったら無責任でも辞めればいい、死ぬほどストレスに思うくらいなら辞めればいいじゃん、と思って働いている。ただそれだけのことだ。仕事もお金も何もかも、「生きる」以外のことは、ニンゲンが勝手に作り出したものだ、それも人類の長い歴史から見ればほんの最近のことだ。そんなものに囚われ過ぎる必要なんてないのだ。そんなこと、究極的にはどうでもいいのだ。そう思うと、ストレスなんてなんにも感じなくなる。ストレスを感じる価値なんてない、くらいに思っていればいいのだという楽観。嗚呼なんてステキ。

とまあぼくは頭がおかしいのかね。それもそれでいいかもね~と思う。


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